インボイス制度の登録期限が9月30日に迫ってきています。まだ悩んでいる人が多いようですが、私は当面は登録しないと決めました。その理由を、フリーランスとしての戦略とともにお伝えします。
インボイス制度のしくみ
消費税の計算ルール
最初に少し告知をさせてください。このたび、拙著「元東京国税局職員が教えるお金の基本」(幻冬舎)がオーディオブックになりました! オーディブルの聴き放題の対象になっているので、お聞きいただけると嬉しいです。
では早速、インボイス制度のしくみを簡単に説明します。インボイス制度は消費税に関する新たなルールなのですが、まず理解するために押さえておかなければいけないのが、消費税の計算方法です。
消費税の課税事業者の場合、「受け取った消費税」から「支払った消費税」を引いた差額を納税するのが原則です。このように消費税を差し引くことを、仕入れ税額控除と呼びます。インボイス制度が始まると、この仕入税額控除に影響が及びます。
インボイスに必要な登録番号
インボイス制度のインボイスという言葉には、「適格請求書」という正式名称があります。つまり、法律で請求書に書くべきことを定め、これを満たしたものだけがインボイスとして認められます。
ここで一つポイントになってくるのが、インボイスに必ず書かなければならない「登録番号」です。
登録番号は税務署に申請して、インボイス登録をすれば取得できます。でも、消費税の免税事業者は登録番号を発行してもらえません。ということは、免税事業者のままでいると、インボイス制度が始まってもインボイスを発行できないことになります。
インボイス制度で受注が減る理由
では、インボイスを発行できないと何か困るのでしょうか?
ここではいったん発注側の視点で考えてみると理解しやすいです。
発注側は、これまでは受け取った消費税から支払った消費税を仕入税額控除できていました。でも今後はインボイスを発行してもらわないと仕入税額控除を使えないので、消費税の負担が増えてしまいます。
例えば免税事業者が仕事を受けて、2万円の報酬を請求したとしましょう。インボイス制度が始まる前は、消費税2000円を付けて22,000円をもらうことができました。
この2,000円は、発注者の消費税の計算をするときに差し引けるものなので、実質的には発注者は負担していません。だから、とくに何も言わなくても払ってくれていたわけです。
ところが、インボイス制度が始まると、免税事業者に対して払った消費税は仕入税額控除を使えません。だから、今までどおりに2000円の消費税を払うと、税負担が大きくなってしまいます。
このような変化があるので、普通は発注者はこのように考えると予想されます。
- インボイスを発行してもらわないと、支払う消費税が増える
- できるだけインボイスを発行できる人と取引したい
- 免税事業者はインボイスを発行できないから、取引を減らすか、取引額を下げてもらおう
そして、結果的に免税事業者の取引の数や、取引額が落ち込むおそれがあるのです。
インボイス制度への対応
免税事業者には2つの選択肢がある
ここで問われているのが、次の2つのどちらを選ぶかということです。
- あえて課税事業者になってインボイス登録をする
- このまま免税事業者を続ける
消費税の免税事業者は、基本的には前々年の売上高が1000万円以下の事業者です。おそらくほとんどのフリーランスは免税事業者でしょう。
消費税の免税事業者であれば、これまで消費税の申告納税は必要なく、手続きもとくに必要ありませんでした。でもインボイスに登録できるのは課税事業者だけなので、自ら届出をして消費税の課税事業者になることが視野に入ってきます。
そうすればインボイスを発行できるわけですが、それが最善の策というわけではありません。
課税事業者になるメリット・デメリット
課税事業者になる選択をするということは、「税負担が増えるのを覚悟で、受注を確保したい」という戦略をとるということです。
【メリット】
・インボイスを発行でき、取引先の仕入税額控除の対象になる
・受注金額や受注件数を維持しやすい
【デメリット】
・消費税の申告納税の義務が発生する
・請求書をインボイスのフォーマットに変更する必要がある
免税事業者を続けるメリット・デメリット
免税事業者を続けるなら、インボイス制度が始まってもとくに対応する必要はありません。ただし、そもそもの売上が減るおそれはあります。
【メリット】
・消費税の申告納税をしなくてもいい
・請求書のフォーマットを変更しなくていい
【デメリット】
・インボイスを発行できない
・取引先から消費税分の減額を依頼されたり、取引を減らされたりするおそれがある
初年度の登録はしない理由
「これが正解」とは誰も言えない
さきほどの2つの選択のどちらを選ぶのか。これは考え方は人それぞれであり、何が正解と言い切れるものではありません。
ただ僕自身がどうするかというと、ひとまずインボイス登録は見送る予定です。この9月末を期限とする登録はせず、今後は1年ごとに状況を見極めて登録すべきか判断したいと考えています。
課税事業者の人も安易なインボイス登録は危険
ちなみに実はインボイス制度が始まった後の年度は、僕は消費税の課税事業者に自動的になっています。おかげさまで昨年度は本の売れ行きが割と良く、売上1000万を超えました。
それでも登録をいったん見送る理由は、今後再び売上が下がる可能性があるからです。たとえばインボイス登録をしたとして、その後に売上が1000万円を下回っても消費税の申告納税の義務がなくなりません。手続きをしない限り、いったん課税事業者になれば、ずっと義務が残ってしまうのです。
もちろんインボイス登録した後に、課税事業者から外してもらう手続きはできます。でもその手続きをするのは手間ですし、何より取引先に伝えるのが大変です。
一度は「インボイス登録をしました」といって取引先に通知をしていたのに、「来年から免税事業者に戻ります」とまたすべての取引先に伝えることを考えると、安易な登録はできないと考えます。
僕の状況においては、まずは「当面はインボイスに登録しない」というスタンスを取引先に対して明確にするのが無難だと思っています。そして、いずれ登録するときは、ずっと課税事業者を続ける覚悟のもとで登録します。
同業者の状況にも目を向ける
僕は今、大きく分けて2つの想定されるシナリオがあると思ってます。
おそらく、「インボイス登録しなければいけない」と考える人たちが思い描いている未来はこのような状況です。多くのフリーランスがインボイス対応をしていますね。
こうなると、インボイスを発行できる課税事業者に仕事を発注しようと思うでしょう。だから結果的に免税事業者の仕事が減ってしまいます。このような事態を避けるために、インボイス登録をしている人は実際にいるはずです。
でも、実際蓋を開けばこのような状況かもしれません。つまりインボイス制度が始まった後も引き続き免税事業者を続ける人が多数派。そして課税事業者になると選択する人は一部にとどまります。
こうなると、発注側としては免税事業者に依頼するしかありません。なので、免税事業者を続けても、引き続き仕事の依頼が来ることになります。
フリーランスのリソース不足問題
さきほどのシナリオ2の場合、もしかすると最初は課税事業者さんに依頼が殺到するかもしれません。でも体は一つですから、すべての案件をさばききれないと思います。
となると、課税事業者になった人は、思ったよりも売上を増やせないのに、消費税の申告納税の負担は増えてしまいます。インボイス対応の経理や申告に時間を取られて、むしろ取引を減らさざるを得ない状況もあるでしょう。
経過措置があるから慌てなくていい
次に経過措置の話も押さえておいた方がいいです。2023年10月1日からこのインボイス制度が開始しますが、その後6年間は経過措置が設けられています。
簡単に説明すると、当初の3年間は免税事業者に対して払った消費税の80%は控除でき、後半の3年間は50%を差し引ける、ということです。さらにはこの期間中は1万円未満の取引はインボイスがなくても仕入税額控除できるというルールもあります。
つまり、インボイス制度の影響は今年の10月から一気に生じるわけではなく、今後6年間にわたって徐々に影響が重たくなっていきます。言い換えれば、免税事業者と取引をする発注側に及ぶ負担がだんだん重くなってくるのです。
ですから、インボイス登録しないからといって10月から取引が一気にガクンと減ることは考えにくいでしょう。
<次回の記事に続く>