「こういう考えを出発点にしよう。誰でもいずれ死ぬことはわかっているのに、誰もそれを信じない」
自分の子が生まれてからでしょうか、何の前触れもなく、頭に「死」が浮かぶことがあります。
幸い、僕は大きな病気になることもなく、安全な環境で生活しているので、具体的に死が迫っているわけではありません。
でも、死がいずれ必ず来るということが、頭から消せずにいます。
今日、休日の午後に読んだこの本は、死を前にしたある教授と元生徒の会話を綴ったドキュメンタリーです。
この本は、僕の死への不安を強め、そしてたくさんたくさん、考えさせられました。
気が付けば本はハイライトだらけ。僕はこの本を何度となく読み返すことでしょう。
- 作者: ミッチ・アルボム,別宮貞徳
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2004/11/21
- メディア: 単行本
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解説を引用します。
「ミッチ、私は死にかけているんだよ」
16年ぶりに再会した恩師、モリー・シュワルツ教授はALS(筋萎縮性側索硬化症)に侵されていた。忍び寄る死の影。「あと4か月か5か月かな」。だが、その顔には昔と変わらぬ笑顔があった。「この病気のおかげでいちばん教えられていることとは何か、教えてやろうか?」そして、老教授の生涯最後の授業が始まった――。
もし、僕の余命があと4か月か5か月だとしたら、と考えました。
今僕がしているほとんどのことは、余命がとりあえずは数十年はある、ということを前提としています。
将来のための勉強、将来のためのブログ、将来のための投資
そんなすべてが、意味をなくした時に、僕は何を思うんでしょう。
モリー教授は、毎週火曜日に、かつての教え子に人生についての講義をします。
毎週火曜日に。
それは、モリー教授の葬式を最終講義として、行われました。
毎週の講義のたびに、「人生の意味」をテーマとする個人講義が行われました。
まずは、死を前にした教授の言葉を紹介します。
死の影落とす人生をめぐる一口哲学は、「できることもできないことも素直に受け入れよ」「過ぎたことにとらわれるな。ただし、否定も切り捨ても禁物」「自分を許すこと、そして人を許すことを学べ」「もうチャンスはないと思いこむな」などなど。
「ねえ、テッド。この病気が始まったとき、私は自分に質問したんだ。『ほかの人と同じように、世間から引っこむつもりか、それとも生きるつもりか?』答えは、こうと思ったとおりに生きよう――少なくとも、生きてみよう、だった。品位をもって勇気とユーモアと落ち着きを忘れずに。
そりゃあ、朝目がさめると涙が出て出て、わが身を嘆くこともあったよ。時には腹が立ったり、むしゃくしゃしたり。だけど、そう長くはつづかない。起き上がって言いきかせるんだ。『おれは生きたいんだぞ……』
希望をなくして消えていくか、それとも残された時間に最善を尽くすか――と自分に問いかけていた。
めげるものか。死ぬことは恥ずかしくなんかないんだ。
死を前にした人の言葉とは思えない力強さだ、と思いました。
あと少しの時間で、今まで積み上げてきたすべてがなくなってしまう。
そのような状況でも、「少なくとも、生きる」として戦うモリー教授の姿はとてもかっこよく、感動的だと思いました。
やがて、モリー教授は、死を前にしている自分よりも、現代に生きる人の方が不幸なのではないか、という疑問を言葉にします。
突然モリーが口を開いた。
「死ぬっていうのはね、悲しいことの一つにすぎないんだよ。不幸な生き方をするのはまた別のことだ。ここへ来る人の中には不幸な人がずいぶんいる」
なぜでしょう?
「そう、一つにはね、われわれのこの文化が人びとに満ち足りた気持ちを与えないっていうことがある。われわれはまちがったことを教えているんだよ。文化がろくな役に立たないんなら、そんなものいらないと言えるだけの強さを持たないといけない。自分の文化を創ること。多くの人はそれができない。私よりよっぽど不幸だよ――こんな状態の私より。」
「多くの人が無意味な人生を抱えて歩き回っている。自分では大事なことのように思ってあれこれ忙しげに立ち働いているけれども、実は半分ねているようなものだ。まちがったものを追いかけているからそうなる。人生に意味を与える道は、人を愛すること、自分の周囲の社会のために尽くすこと、自分に目的と意味を与えてくれるものを創りだすこと
「今のような文化状況じゃ、死ぬ間際にならないとこういったことまで気が回らないね。みんな自分本位のことでがんじがらめだから。仕事のこと、家族のこと、かねは足りるか、借金は払えるか、新車を買うとか、暖房が故障したら直すとか――ただ暮らしをつづけるために数知れないことにかかわっていかなけりゃならない。これでは、ちょっと立ちどまって反省する習慣がつかないよ。これだけなのか? 自分がやりたいことはこれだけか? 何か抜けているんじゃないか? と時には考えないと」
「人生でいちばん大事なことは、愛をどうやって外に出すか、どうやって中に受け入れるか、その方法を学ぶことだよ」
こうした言葉を前にすると、僕は考えてしまいます。
日々、やらなければいけないことがあります。あっという間に1年が過ぎ、2年が過ぎていきます。
忙しい日々の中、「本当に大切なこと」を考えるのは大変そうです。
つい、そうしたことを考えないようにして、ただ日々のタスクをこなしているような気がします。
でも、このままじゃきっとダメ。
本当に大切な何かを考え続けて、そして人生を大切に過ごしていきたいと思います。
モリー先生の質問に答えられるように。
もうじき死ぬとはいっても、私のまわりには愛してくれる人、心配してくれる人がたくさんいる。世の中にそう言える人がどれだけいるか?」
「誰か心を打ち明けられる人、見つけたかな?」
「君のコミュニティーに何か貢献してるかい?」
「自分に満足しているかい?」
「精一杯人間らしくしているか?」